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のえみんち。

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沖縄・ぬちどぅ宝の旅

某詩誌に掲載予定の、エッセイです。若干カタイ文章ですが、(ネット用文章は、改行を多様するんですけどね)良かったら。

見えるものと見えないものと ~「沖縄・ぬちどぅ宝の旅」を終えて~


 職場の研修のようなもので、2泊3日の沖縄旅行へ行ってきました。
(一日目)南風原陸軍病院壕跡、対馬丸記念館、集団自決体験者の講話
(二日目)糸数壕「アブチラガマ」、ひめゆりの塔、魂魄の塔、ずゐせんの塔、沖縄県平和祈念資料館、平和の礎
(三日目)佐喜眞美術館、普天間基地、嘉手納基地「安保の丘」
息をつく間もないほどの強行軍でしたが、私の戦争観を一新するような、劇的な体験でした。
 沖縄は戦時中、国内唯一の地上戦の地となり、日本「本土」を守るための「時間稼ぎの捨石」扱いを受けました。南国の美しい風景、音楽、文化風習とともに、歴史の不条理と住民の哀しみのしみこんだ土地であることを感じました。
 文献や映像で見るだけではわからない、「生」の沖縄。それは、自分の目で直接見る、壕の湿り気をおびた漆黒の闇であったり、くだけた鉄かぶとであったり、はてしもない戦死者の名前の数であったり、いまだに轟音を響かせながら沖縄上空を飛ぶ戦闘機であったりしました。とかく、戦争に関する文献などは、様々な立場がからんで、完全に中立の情報は得難いものですが、目で見るものは本物であり、その力は圧倒的なものがありました。
 自由時間には街を歩いたのですが、幸い同行者が旅慣れた人で、奥手な私も土地の人とたくさんコミュニケーションをとることができました。ある古美術商の店主は「沖縄は、戦争で傷ついた。自分も含めて今の沖縄県民で、親戚などに戦死者がいない人はいない。でも広島や長崎の人はもっとつらい思いをしたはずだ」としみじみ話してくれました。タクシー運転手は、戦争中、食べ物調達で苦労した話に「でも、広島や長崎はもっと悲惨だったと思いますよ」と付け加えました。中国庭園で出会ったおばあさんは、自分の兄弟が戦死したり、母親が必至で自分を育ててくれた話とともに「でも、広島や長崎は…」とおっしゃいました。三人が一様に「でも広島と長崎は」という言葉を言ったことに、私はさわやかな驚きを感じました。ここに、沖縄の人の魂を見た思いがしたのです。つまり、他人の苦しみを、自分のことのように感じ、他者をやわらかく包み込む人間愛。沖縄の人の心の中には、目には見えない「沖縄の魂」があるのだ、ということを感じたひとときでした。
 「戦争は二度と起こしてはならない」それは誰もが思うことですが、そのためには今を生きる人間がどうすればいいのか。それは「知ること」であると思いました。戦争で最もつらい思いをするのは、弱い一般市民であり、それらの人は「何も知らされない」あるいは「間違った情報をすりこまれる」ことが常です。あれは何だったのか、どうすれば同じ轍を踏まないですむのか、そういうことを様々な角度から「知ること」を怠ってはならない、と思いました。そういう意味でも、今回の沖縄の旅は、見えるもの、見えないもの、様々なことを私に教えてくれました。沖縄の椰子は今日もゆれていることでしょう。
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